香川・広島薬剤師教育研究会

患者百選

Skill Cultivate & Reeducating
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はじめに

医療の高度化、複雑化に伴い、臨床薬剤師の必要性が高まりつつ あるが、臨床薬剤師の教育は遅れている。現在、薬学部において、 薬学教育の見直しが進められており、6 年制への移行、コア・カリキ ュラムの導入、薬剤師免許の受験資格の見直しなどが予定されてい る。その中で、臨床薬学教育の充実が望まれてはいるが、十分な体 制は望めない部分も多い。

薬剤師がevidence に基づいて医薬品を適正に使用することは薬物 療法を行なう上で重要であるが、患者情報が不足した状況では十分 な薬剤情報提供を行うことは困難である。すなわち、いくら多くの 薬剤情報が存在しても、個々の患者情報が揃わなければ、的確な医 薬品情報は提供できない。言い換えると、個々の患者情報が揃って はじめてevidence が活かされた薬物療法が行われたことになる。

臨床薬剤師の教育としては、医師がどう考えて診断を下し、処方 や治療を選択しているのか理解することがまず必要であり、そのた めには、臨床患者情報を用いた演習が有用と考えられている。その 臨床患者情報を用いた演習として、現在模擬患者の導入が試みられ ているが、優秀な模擬患者を育成するには長期間を要することや、 まだ演習に十分な人数の模擬患者が育成できていないことから、実 用性は未だ低い。同様に、患者情報を使った演習を指導、解説でき る十分な臨床経験のある教員も必要であるが、現状の薬学部では十 分な臨床経験を積んだ教員は少ない。この状況の中で、臨床薬剤師 教育の教材として、質の高い臨床患者情報データベースと薬剤師が 自ら解答に到達することのできる解説書が必要であると考えた。

広島大学大学院医歯薬学総合研究科に所属する薬学大学院生の臨 床実習では、平成14 年度より、血液内科、精神神経科および総合 診療科の外来診療科室における臨床実習を取り入れている。特に、 総合診療科外来の受診患者は、他の大学病院の外来診療室と異なり、 診断が確定していないことが多い。その結果、医師をはじめとした 医療従事者は、患者のあいまいな症状(愁訴)への対応が要求され ることとなる。このような患者の基礎データがない状況は、患者が 処方箋1 枚を持って調剤薬局に来局される状況と類似しており、愁 訴から疾患を類推し治療方針を決める(処方を吟味する)という現 場薬剤師の実情を病院内で疑似体験できるという、臨床薬剤師教育にとって非常に適した研修の場と考えられた。

本書は、薬学大学院生が、総合診療科と医薬治療センター「おく すり治療部」において行なわれた臨床実習経験に基づき作成した。 なお、外来患者情報データベースと解説書を作成するに際し、実際 の症例に偏りがあること、類似した症例もあること、また患者情報 不足より類推の不可能な症例が存在することより、学習に有用であ ると思われる症例だけに絞り込む必要があった。そこで、プライマ リ・ケア国際分類(ICPC-2 )を用いて患者情報の絞込みを行った。 これは、患者の主訴をコード化して分類するもので、患者の曖昧で 多様な愁訴を規定するために使用した。そして、ICPC-2 によりコー ド化された主訴ごとに検討し、絞り込んだ。ここに上げた50 症例は、 主訴が同じでも、それぞれ異なった病名、異なる診察のプロセスを 経るように約1000 症例の中から厳選した症例である。

各患者の「患者情報データベース」部分では、総合診療科に外来 に初めて受診された患者に対して、医師と患者の予診および診察時 に薬学大学院生が同席し、実際の患者情報に基づき作成した。総合 診療科の初診時に得られる患者情報は時間的かつ設備的に限定され たものであり、最終的に確定診断に到達しない場合も多い。しかし、 臨床現場では全ての患者情報が初診時から揃うことの方が珍しく、 通常患者の主訴、検査値等から診断が行なわれる。本教材では、主 訴から患者情報を導き、検査結果から診断を行なうプロセスを感じ 取ることを主たる目的とし、本教材を使用する薬剤師および薬学生 が臨床現場を擬似体験し、その後、各患者情報から詳細に診療行為 を検討するための手がかりとなるものである。

一方、各患者の「解説」部分では、医師と患者、医師と薬剤師と のやり取りの中から得られた患者情報から、ひとりの薬学生が薬剤 師の立場になって疑問点を抽出し、調査研究した内容をヒントとし て表記した。すなわち、ヒントおよび病態情報や薬剤情報は、あく までも臨床実習を行なったひとりの薬学生の調査・研修結果である ので、全てが完璧なものではないが、本教材を利用する皆様が、多 くの可能性を考慮して、様々な観点から議論できるように作成した。 その際、ヒントおよび調査研究した内容を参照として用いることで、 もう一名の薬学生が追加されたと考えて、議論の中に取り込むこと を推奨する。決して、ヒントおよび調査研究した内容が回答を誘導 するものではないことを認識して頂きたい。また、ひとりで学習さ れる読者においては、もう一名の薬学生と対話するように利用して頂けると、異なった観点から患者情報を吟味することができるであ ろう。本教材の目的は、ヒントや調査結果を覚えるものではなく、 患者様の主訴、現病歴、予診情報、検査結果、総合診療科での診断、 処方状況から、薬剤師が診療行為を把握することを目的としている。

著者の一人として、ひとりでも多くの薬剤師および臨床薬剤師を 目指す方々が、多くの症例を経験することで、臨床薬剤師としての 質の向上に利用して頂ける事を期待する次第である。

広島大学大学院医歯薬学総合研究科 森川則文


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